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(お暇な時にお立ち寄りください)
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2017年 02月 10日
マグリットの「詩的な視覚パズル」 "Dépaysement"
それはまるで視覚パズルのように・・・
感性のジョークの戯れのごときに、一編の詩か俳句のような余韻を残し、
マグリットの絵は、不思議にも何かが観る者の脳裏を通り過ぎる・・・
それは、あるものを本来ある所から別の場所へ移し、意外な組み合わせを行うことによって観る側を戸惑いと驚きで「人を異なった生活環境に置くこと」で、異和を生じさせるシュルレアリスムの方法概念の、デペイズマン (仏:Dépaysement )と云われている・・・
そして、本人はそれを「詩」と呼ぶ・・・
デペイズマン (dépaysement)
https://ja.wikipedia.org/wiki/デペイズマン








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「人の子」
"The Son of Man/Le fils de l'homme"
人は隠されたものや見る事ができない事象に関心を持ち、
それへの関心は激しい感情となり、見えないものをより見ようと葛藤する・・・
1964年|116 cm × 89 cm|Oil on canvas|Private collection
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)



d0352628_112711.jpgルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット (René François Ghislain Magritte)は1898年、ベルギー西部のレシーヌに生まれ、父親のレオポール・マグリットは、洋服やテキスタイルを扱う裕福な商人で、母親のレジーナ・ベルタンシャンはお針子、二人の弟と暮らし、1910年一家はシャトレに引っ越し、マグリットは絵画教室に通い油彩画を描き始める・・・マグリット12歳
レシーヌ|ベルギー|Lessines|Kingdom of Belgium


1912年、母親がサンブル川に原因不明の身投げ自殺をし、遺体は2週間後、数マイル離れた河川敷で、裸体で着ていたガウンが顔に巻きつけた姿で発見され、少年マグリットに大きな衝撃を与える。翌年の1913年シャルルロワに引っ越し、高校で生涯の伴侶となるジョルジュエット・ベルジュと出会い、1916年、18歳でブリュッセル美術学校に入学。24歳で高校での幼馴染のジョルジュエットと結婚・・・
d0352628_11273679.jpg1923年頃ジョルジョ・デ・キリコの作品「愛の歌」の複製を見たマグリットは感銘を受け、シュルレアリスムの方向へと、彼の言う「目に見える思考」が始まる・・・

家は3LDKのアパート、アトリエもかまえず、ダイニングの片隅にイーゼルを立てた4畳半程度の狭い空間で絵を描き、絵に登場する人物はマグリットの愛妻ジョルジュエットがモデル。几帳面で口数も少なく、絵を描く時もワイシャツにネクタイを締め、芸術家の格好を嫌い近所でもマグリットが絵描きとは知らない人がいるほど、到底絵描きとは思えない「小市民」として生き続ける・・・





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「ゴルコンダ」
"Golconda"
(Golconda=非常にたくさんの豊富な源)
「ゴルコンダ」とは、1687年にムガル帝国によって滅ぼされた、昔々富で栄えた幻のインドの都市の名らしい・・・
普通の目立たない平均的で特徴のない大衆は個人と集団の差異なく、浮遊と落下を繰り返す・・・
1953年|81cm × 100cm|油彩・キャンバス|アメリカ・テキサス州ヒューストン|メニル・コレクション蔵
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)






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「大家族」
" La Grande Famille/The Great Family"
画面を覆う鳥は、大家族単位で愛で団結する象徴的なカササギらしい・・・
(宇都宮美術館がオープン時の1996年に600万ドル(約6億円)で購入)
1963年|油彩キャンバス|61.4 cm X 49.6 cm|宇都宮美術館蔵
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)







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”A Friend of Order /L'Ami de l'ordre”
1964年|116 cm × 89 cm|Oil on canvas
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)








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「陵辱」(りょうじょく)
”Le Viol”
1945年|65.3 cm × 50.4 cm|油彩・キャンバス|ポンピドゥー・センター蔵|Centre Georges-Pompidou, Paris
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)








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「田園の鍵」
”The Key to the Fields/La Clé des champs”
窓ガラスが粉々に砕けた瞬間に風景は実は窓ガラスに描かれていたことを知る・・・
1936年|80 cm × 60 cm|油彩・キャンバス|Thyssen-Bornemisza Museum, Madrid, Spain
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)








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「世界大戦」
"The-great-war/La Grande Guerre"
1964年|油彩 カンヴァス|81×60 cm|ハリー・トルクツィネ蔵
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)



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1914年 (大正3年) 人類史上最初の第一次世界大戦が勃発し、ヨーロッパ全土で900万人以上の兵士が戦死、その足かけ5年にわたった戦争も1918年に終決し、ヨーロッパに平和が戻り、マグリットも1921年から1922年には兵役につき、1922年から生活のため壁紙工場で図案工をしてバラの図案などを描き、1926年まで広告デザインの仕事をする・・・マグリット28歳

パリのモンパルナスでは華やかな祝祭と酒や麻薬による乱痴気騒ぎが繰り返される「狂乱の時代:レ・ザネ・フォル Les Années Folles」を迎え、マグリットは1927年から3年間パリに滞在し、フランスのシュルレアリストたちと交流するが、シュルレアリスム運動の理論的指導者であったアンドレ・ブルトンとはうまが合ず、1930年ブリュッセルへ戻り弟のポールと広告代理店をはじめ、以降ベルギーを離れることはほとんどなかった・・・

しかし、その狂乱の時代も1929年のニューヨーク証券取引所で株価が大暴落した世界金融恐慌をきっかけに、大不況は世界中を席巻し、ついに1939年に第二次世界大戦へと突入し・・・

1940年5月10日、ドイツはルクセンブルク、オランダ、ベルギーを抜けてフランスへと進撃を開始、ベルギー軍は同年5月28日降伏、6月14日パリは、ヒトラー率いるドイツ軍に占領され、モンパルナスの灯は完全に消え、狂乱と祝祭の時代:Les Années Folles は幕を閉じ、1939年から1945年までの6年間、ベルギーやフランスはドイツに占領され、社会的には暗い日々が続き、マグリットも1932年にベルギー共産党に入党後、反政府活動のビラなどを作り、1946年にはビラを巡って警察とも一悶着起こしている・・・
←(マグリットのデザイン作品・・・)





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「美しい世界」
"Beautiful world/Le Beau Monde"
マグリットは「私の目の前にカーテンがかかっているように、世界を見ることができた」と語っている・・・
1962年|油彩 カンヴァス|100×81㎝cm|個人蔵
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)




d0352628_17503542.jpg美の時代も・・・
印象派後は、目に映る色彩ではなく、心が感じる色彩を表現したフォーヴィスム(Fauvisme 野獣派)が生まれ、1907年のパブロ・ピカソ「アヴィニョンの娘たち」は伝統的な西洋画のセオリーを否定し「20世紀絵画」は幕を開け、パリのモンパルナスでは、個性あふれるエコール・ド・パリ(École de Paris)の時代へと・・・
それは、完成された道具や技術の継承は、古典や写実は言うに及ばず、印象派や野獣派を通り越え、絵画手法の「いかに描くか」から、個人のオリジナリティーを主とする「なにを描くか」の時代を迎えていた・・・
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d0352628_17541269.jpgそして、マグリットがキャンバスに求めた「詩」と呼ぶ美は、時代の中に点在する無言の言葉であり・・・
銀行員のような服装、アトリエをもたず、スキャンダラスな噂や奇行も無く、口数も少なく静かでごくごく普通の人間として、画家でない画家は「エピソードなき巨匠」と呼ばれている。
しかしそれは、4畳半程度の狭いダイニング兼アトリエで、およそ1800枚余の絵が描かれ、何も語らない人々や、さりげない物たちの不可思議な組み合わせが、彼の言う「詩」として画面を通し我々に今も語りかけている・・・




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「アルンハイムの地所」
"The Domain of Arnheim/Le domaine d'Arnheim"
(1938年、1948年、1949年、1962年...と複数あり、1962年のが一番よく知られている)
エドガー・アラン・ポオの小説「アルンハイムの地所 (領地) 」のイメージで描いたらしい・・・
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)



野外でのスケッチはせず、4畳半程度の狭いダイニング兼アトリエで・・・
「目の中に書き留め、頭に記すんだ」・・・





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「寝室の哲学」
"Pphilosophy in the bedroom/La Philosophie Dans Le Boudoir"
1947年|195 x 152 cm|Oil on canvas|Thomas Claburn Jones Collection | New York
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)



マグリットは言う・・・「机の上の一台の電話にも詩の心がある・・・」




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「白紙委任状」
"The Blank Signature"
「見えるもの」と「見えないもの」を同時に見ることはできないが、
その両方の存在を察知することは出来て、それを許す白紙委任の許可証らしい・・・
1965年|81.3x 65.1cm|油彩・キャンバス|ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
National Gallery of Art, Washington, Collection of Mr. and Mrs. Paul Mellon,
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)




「そうした詩の心を抽出して出来上がったのが私の絵だ」・・・




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「黒魔術」
"La magie noire/Black Magic"
モデルの妻ジョルジェットを、
上半身の青空と大理石の彫像とを融合させ、伝統美術と前衛美術が並存させた・・・
1945年|54 x 73 cm|個人蔵|Private collection
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)




そして言う・・・「私は、詩人であって画家ではない」と・・・




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「ピレネーの城」
”La durée poignardée/the Castle in the Pyrenees”
1959年|200cm × 140 cm|油彩・キャンバス|イスラエル美術館蔵:Israel Museum, Jerusalem

ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)





マグリットはブリュッセル郊外の自宅(現・Musée René Magritte 美術館)で癌のため、
1967年、愛妻ジョルジュエットに見守れながら68年の時を閉じ、
そして、彼の言う「目に見える思考」は終わった・・・






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「巡礼者」
"The Pilgrim"
1966年|81 cm × 65 cm|油彩・キャンバス|ヒラリー&ウイルバー・ロス蔵:Hilary & Wilbur Ross
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット:René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)






「絵画は詩的であるべきであり、詩とは不思議な感情を呼び起こすものである」

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ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット
............................................................................................................
René François Ghislain Magritte(1898年〜1967年)






(以下・参考サイト)

ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット (René François Ghislain Magritte, 1898年11月21日 -1967年8月15日[1]) はベルギーの画家・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/ルネ・マグリット

デペイズマン (dépaysement) とは、シュルレアリスムの手法の1つ。この言葉は、 もともとは「異郷の地に送ること(dé「分離」+pays「国、故郷」+ment(名詞の語尾))」 というような意味であるが、意外な組み合わせをおこなうことによって、受け手を驚かせ、 途方に ...
https://ja.wikipedia.org/wiki/デペイズマン
デペイズマン Dépaysement(仏)
「人を異なった生活環境に置くこと」、転じて「居心地の悪さ、違和感;生活環境の変化、気分転換」を意味するフランス語。美術用語としては、あるものを本来あるコンテクストから別の場所へ移し、異和を生じさせるシュルレアリスムの方法概念を指す・・・
http://artscape.jp/artword/index.php/デペイズマン
現代美術用語辞典 1.0
http://artscape.jp/dictionary/modern/1198547_1637.html


d0352628_1527565.jpgジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico, 1888年7月10日 - 1978年11月20日)は、イタリアの画家、彫刻家。形而上絵画派を興し、後のシュルレアリスムに大きな影響を与えた。
キリコは1912年にパリの無審査展覧会で作品を発表し始めたが、アーチの並ぶ古典的な建築、古代ギリシャ風の彫刻、煙を吐いて走る機関車などを配した風景画は当時の流行とは全く異質で、すぐには理解されなかった。しかし詩人で美術評論家のギヨーム・アポリネールに見いだされ、のちのダダイスム、シュルレアリスムに大きな影響を与えた。カルロ・カッラやジョルジョ・モランディのような追随者も生んだ。キリコはその後古典的な作風に転じたが、晩年には幻想的な作風に回帰した・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョルジョ・デ・キリコ
←「愛の歌」1914年


ルネ・マグリット「ピレネーの城」 - KIRIN~美の巨人たち~
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/110319/
The Blank Signature 1965|National Gallery of Art
http://www.nga.gov/content/ngaweb/Collection/art-object-page.66422.html
Magritte, René |Belgian, 1898 - 1967
http://www.nga.gov/content/ngaweb/global-site-search-page.html?searchterm=René_Magritte&%3Acq_csrf_token=undefined
ルネ・マグリット「白紙委任状」 - KIRIN~美の巨人たち~
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/080906/
ルネ・マグリットの生涯年表
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=2195231
René Magritte / ルネ・マグリット - 作品
https://matome.naver.jp/odai/2138762921202942901
https://www.wikiart.org/en/rene-magritte/portrait-of-stephy-langui-1961

Musée Magritte
https://fr.wikipedia.org/wiki/Musée_Magritte
マグリット美術館への行き方、開館情報 | ベルギー個人旅行ガイド
http://allaboutbelgium.com/magritte-museum/
マグリット美術館|ベルギー観光局ワロン・ブリュッセル公式サイト
http://www.belgium-travel.jp/special/magritte.html
ベルギーの「ルネ・マグリット美術館」が美しすぎる! - NAVER まとめ
https://matome.naver.jp/odai/2142232539363457601
Musée René Magritte
https://fr.wikipedia.org/wiki/Musée_René_Magritte
Musée René Magritte (マグリットの住んでいた家)
Rue Esseghemstraat 135, 1090 Bruxelles
http://hanatomo31.exblog.jp/8661087/
2つのマグリット・ミュージアム
http://guide.travel.co.jp/article/12454/
ルネ・マグリット - ベルギー観光局ワロン・ブリュッセル
http://www.belgium-travel.jp/destination/by_theme/culture/magritte.htm

ノラの絵画の時間|3分でわかるルネ・マグリット
http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1027736785.html
【作品解説】ルネ・マグリット「人の子」 - 山田視覚芸術研究室 / 前衛芸術と ...
https://www.ggccaatt.net/2015/02/28/ルネ-マグリット-人の子/
エドガー・アラン・ポオの小説「アルンハイムの地所(領地)」The Domain of Arnheim, 1846年
http://enjugroup.blog.jp/エドガー・アラン・ポー「アルンハイムの地所」
https://ja.wikipedia.org/wiki/エドガー・アラン・ポー






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by hi-guchi | 2017-02-10 12:36 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 05日
絵師「岩佐又兵衛」の伊丹・有岡城
天正6年(1578年)10月、伊丹・有岡城主「荒木村重」が主君の織田信長に謀反、村重の正室で又兵衛の母 (だし) を含め、有岡城の女房衆122人一族郎党36人、それ以外の人質衆男性124名、女性388名、合計約670名が、尼崎近くの七松や、京の六条河原で斬首された・・・
生まれたばかりで、数え年2歳の末息子の又兵衛は乳母に救い出され、石山本願寺に保護され、成人後は母方の岩佐姓を名乗りやがて絵師「岩佐又兵衛」として身を立てていく・・・

おおよそ450年前、又兵衛が生まれた猪名川を望む小高い丘に、
日本最古の天守台を持つ小さな平城は、大阪のJR福知山線伊丹駅前に有岡城跡として、
今は朽ち果て石垣のみがその姿を残している・・・
伊丹・有岡城跡|兵庫県伊丹市|Googleマップ
(2017年1月21日撮影)


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d0352628_1231426.jpg当時・・・
信長は、尾張から美濃を経て、京都を手中にし石山本願寺と対峙しながら、天正4年(1576年)に琵琶湖岸に安土城の築城を開始し天正7年(1579年)に五層七重の豪華絢爛な城として完成させ・・・
畿内から山陰、山陽と勢力図を広げ、山陽方面の武将の秀吉は村重と旧知の仲でもある黒田官兵衛(小寺孝隆)を使者として有岡城に派遣し翻意を促したが、村重は官兵衛を拘束し土牢に監禁し、村重は有岡城に篭城し、織田軍に対して1年間の徹底抗戦後・・・
天正7年 (1579年) 9月2日、単身で有岡城から妻子を見捨てて出奔し、嫡男・村次の居城である尼崎城 (大物城) へ移り、神戸の花隈城から最後は毛利氏に亡命し、尾道に隠遁する・・・

4年後の天正10年 (1582年) 6月、信長が本能寺の変で横死すると堺に戻り、豊臣秀吉が覇権を握ってからは、処刑を恐れて出家し荒木「道糞」 (どうふん) と名乗り茶人として千利休らと親交をもち、天正14年 (1586年) に堺で52年の生涯を終える・・・又兵衛8歳

母方の岩佐姓を名乗った又兵衛は、信長の息子織田信雄に近習小姓役として仕え、文芸や画業などの諸芸をもって主君に仕える御伽衆のような存在だったと云われ、信雄が改易後は浪人となった後、又兵衛は荒木勝以(かつもち)と名乗り、京都で絵師として身を立てる・・・
←(写真画面をクリックで写真が拡大)

畿内では豊臣秀吉の煌びやかな桃山時代が通り過ぎ、1598年「醍醐の花見」の約6ヶ月後の秀吉の死から、
時代は豊臣から徳川へと大きく動き出す・・・
1600年(慶長5年)の石田三成らの関ヶ原の戦い。
1603年(慶長8年)徳川家康は征夷大将軍に就任。
1614年(慶長19年)方広寺鐘銘事件後、
1614年(慶長19年)の大坂冬の陣から翌年の、
1615年(慶長20年)大坂夏の陣で豊臣家は滅亡する。
1616年(元和2年)徳川家康、74歳で没。
・・・又兵衛38歳


そして、又兵衛によってその頃の時代を見事に描いた絵が残っている。
豊臣秀吉の七回忌に当たる、慶長9年(1604年)8月12日から18日にかけて盛大に行われた臨時大祭の光景を描いた作品の「豊国祭礼図屏風」や「花見遊楽図屏風」など、庶民の生き生きとした姿が伝わってくる・・・・・・




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「豊国祭礼図屏風」
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/18957
↑(画面をクリックすると899 x 419pixに拡大します)
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↑(右下部分・画面をクリックすると510x 338pixに拡大します)
六曲一双|各 縦166.7 横345.0 cm|江戸/17世紀
財団法人徳川黎明会 徳川美術館蔵
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「花見遊楽図屏風」
↑(画面をクリックすると700x 281pixに拡大します)
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↑(右下部分・画面をクリックすると600x 328pixに拡大します)
四曲一隻|江戸時代初期(17世紀中頃)|個人蔵
岩佐 又兵衛(いわさ またべえ):Iwasa Matabei/天正6年(1578年)~慶安3年(1650年)





その内の1614年〜15年頃の作「舟木本・洛中洛外図屏風」は、もと滋賀の舟木家に伝来し、舟木本の名で親しまれ、左に徳川氏の二条城を、右に豊臣氏の方広寺大仏殿を対比させ、鴨川の流れが左右の2隻を連繋し、密集する京の町が四方に広がり、街には各種の階層の人々、特に庶民が中心に描かれ、その数はおよそ2,500人に及ぶ・・・




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「舟木本洛中洛外図屏風」
↑(画面をクリックすると1254x 573pixに拡大、画像明るめに修正)
国宝|指定名称:紙本金地著色洛中風俗図
6曲1双|紙本金地着色|各162.7×342.4|江戸時代・17世紀|東京国立博物館蔵
岩佐 又兵衛(いわさ またべえ):Iwasa Matabei/天正6年(1578年)~慶安3年(1650年)





d0352628_12193412.jpgもともと洛中洛外図(らくちゅうらくがいず)は、室町時代から江戸時代にかけて、京都の市街(洛中)・郊外(洛外)を俯瞰して描かれたもので、ほとんどは屏風絵であり、多くは狩野派の手により、特に狩野永徳筆の上杉本が有名で、19世紀まで数多くの「洛中洛外図」が描かれ、約100点ほどの作品が残っているが、庶民の暮らしが描かれた船木本は非常に珍しいと云われる・・・
(写真画面をクリックすると写真が拡大)↓→

d0352628_1220525.jpg美の時代も、京の都で双璧をなす二人の画家・・・
狩野派三代目の狩野永徳は、幾多の名画を残し、天正18年(1590年)東福寺法堂(はっとう)の天井画の龍図を制作中に過労のため満47歳で急死し、長谷川等伯も、慶長15年(1610年)徳川 家康の要請により江戸に下向する旅中で発病、江戸到着後の2日目に満72歳で病死する・・・

d0352628_14471299.jpgそして、1603年(慶長8年)春には、出雲の阿国が北野天満宮の舞台で興行を行い、 男装して茶屋遊びに通う伊達男を演じ、同年5月には御所でも演じ、四条河原(現・四条河原の南座あたり)などでは勧進興行を行ない、それらは「ややこ踊り」や「念仏踊り」とも呼ばれ、その時代の「かぶき者」の風俗を取り入れ「かぶき踊り」として完成し、たちまち全国的な流行となり、のちの「歌舞伎」の原型となる・・・

d0352628_12203725.jpg↑(四条河原の歌舞伎小屋の舞台)
←(かぶきものの一団)


そんなかぶき踊りに興ずる民衆や、異風を好み、派手な身なりをして、色鮮やかな女物の着物をマントのように羽織り、徒党を組んで飲食代を踏み倒し、因縁をふっかけて金品を強奪するなどの乱暴・狼藉を働き京の街を駆け抜ける「傾奇者:かぶきもの」の一団など、庶民の生活や時代風景が克明に描かれている・・・

d0352628_10461152.jpgその頃、大坂夏の陣で戦功を挙げた後、家康の冷遇に怒り乱行に及んだ、徳川家光や徳川光圀などの従兄にあたる、越前75万石・北之庄藩主・松平忠直(まつだいら ただなお)は、又兵衛を京の都から呼び寄せる。又兵衛は39歳から60歳までの円熟期を北の庄(現・福井市)で過ごし、当事の絵が福井の豪商金谷家や旧岡山藩池田公爵家などに、きらびやかな押絵貼屏風が残っている・・・

d0352628_16143759.jpg↑「源氏物語屏風」/伊勢物語「あづさ弓(梓弓)」→
(画面をクリックすると画像拡大・・・)
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しかし、パトロンの藩主・松平忠直との巡り合いかどうか、何故にこうも豹変したのか?と思うほど・・・
それは、乱行の松平忠直と符合するするのか?自らの生い立ちか?生まれながらの数奇な人生か故か、猥雑、卑俗、狂乱、混沌と云う独特の又兵衛の世界は、自らの生い立ちとかぶるかの様に描かれた、四つの絵巻物「山中常盤物語絵巻」「浄瑠璃物語絵巻」「小栗判官絵巻」「堀江物語絵巻」は、死体の生首が転がり、流れる血がほとばしる、そのほとんどが仇討ちの復讐に彩られている・・・


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「山中常盤物語絵巻」
↑(画面をクリックすると画像拡大・・・)
MOA美術館 12巻(巾34.1×全長15,031.0cm)
岩佐 又兵衛(いわさ またべえ):Iwasa Matabei/天正6年(1578年)~慶安3年(1650年)




d0352628_14535236.jpgその「山中常盤物語絵巻」は、義経伝説に基づく御伽草子系の物語で、奥州へ下った牛若を訪ねて、都を旅立った母の常盤御前が、山中の宿で身ぐるみを剥がされ、盗賊に殺され、牛若丸が仇を討つと云うストーリーで、全巻あわせると150mを超える長大な作品・・・
d0352628_15144485.jpgそれは、伊丹・有岡城で血塗られた一族の歴史を自らの脳裏の中で再現するかの様に、盗賊が常盤を殺害する場面や、牛若丸の修羅場の場面は、首をバッサリ、胴をバッサリ、血塗られた首がコロコロと転がり、激しくも妖しい絵巻・・・


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「堀江物語絵巻」
東国豪族間の紛争を舞台に、父母の仇討ちと堀江氏の再興を果たす物語・・・
MOA美術館蔵|12巻(巾35.2 × 全長14,809.0cm)、
香雪美術館3巻、京都国立博物館1巻、長国寺1巻、個人像1巻
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「小栗判官絵巻」第十三巻
小栗判官(おぐりはんがん)は、伝説上の人物であり、
またこれを主人公として日本の中世以降に伝承されてきた物語。
妻・照手姫の一門に殺された小栗が閻魔大王の計らいで蘇り、姫と再会し、一門に復讐するという話・・・
↑(画面をクリックすると画像拡大・・・)
宮内庁三の丸尚蔵館|紙本著色 15巻|総長約324メートル
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「浄瑠璃物語」第十一巻
物語は義経説話の一つで、奥州へ下る牛若と三河矢矧(やはぎ)の長者の娘浄瑠璃との恋愛譚を中心に、
中世末期には浄瑠璃節として、盲目の法師によって盛んに語られた・・・
MOA美術館蔵 12巻(巾33.9 × 全長12,943.0cm)
岩佐 又兵衛(いわさ またべえ):Iwasa Matabei/天正6年(1578年)~慶安3年(1650年)





その後、又兵衛は60歳のとき幕府に招かれ、妻子を福井に残して江戸に向かい、
結局戻ることなく73歳で江戸で時を終える・・・
体力的に福井へは帰れないと悟った又兵衛が自ら自画像を描き、
家族のもとへ形見として送ったとされる、又兵衛の最晩年の自画像作品が残っている・・・

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伝「岩佐又兵衛(自画像)」
(画面をクリックすると600 x 822pixに拡大します)
出展→http://www.moaart.or.jp/collections/page/8/
江戸時代初期(17世紀中頃)|MOA美術館蔵|静岡県熱海市|MOA MUSEUM OF ART
岩佐 又兵衛(いわさ またべえ):Iwasa Matabei/天正6年(1578年)~慶安3年(1650年)


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↑(JR伊丹駅から見た有岡城跡全景・・・)

そして、450年の時を経た今・・・
遠い昔の有岡城の小高い丘を登り、JR伊丹駅から西に伸びる阪急伊丹駅まで酒蔵通りのある郷町(ごうまち)は「みやのまえ文化の郷」として、有岡城址に、伊丹市立伊丹郷町館、大溝の再現や清酒発祥の地 「山は富士 酒は白雪 」の小西酒造の長寿蔵など、文化的な建物や旧岡田家住宅や、旧石橋家住宅、柿衞文庫など歴史を感じる沿道空間が続いている・・・

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(以下・参考サイト)

岩佐 又兵衛(いわさ またべえ、 天正6年(1578年) - 慶安3年6月22日(1650年7月20 日))は、江戸時代初期の絵師。諱は勝以(かつもち)。通称「吃の又平(どものまたへい)」・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/岩佐又兵衛

https://ja.wikipedia.org/wiki/有岡城の戦い
https://ja.wikipedia.org/wiki/荒木村重
荒木 だし(あらき だし、永禄元年(1558年)? - 天正7年12月16日(1580年1月2日))は、戦国時代の女性。摂津有岡城主・荒木村重の妻・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/だし_(戦国時代)
https://ja.wikipedia.org/wiki/黒田孝高
黒田官兵衛と伊丹有岡城について
http://aranishi.hobby-web.net/3web_ara/personal6.htm
https://ja.wikipedia.org/wiki/松平忠直

荒木村重研究会|イベントのお知らせ
https://www.itami-machizukuripuraza.jp/2014/09/13/荒木村重研究会/

d0352628_1248972.jpg所蔵企画展 又兵衛 山中常盤物語絵巻|インターネットミュージアム|全12巻を一挙に展示
http://www.museum.or.jp/modules/topics/index.php?action=view&id=638&toNews
流れる血/絢爛豪華
岩佐又兵衛絵巻・山中常盤物語(MOA美術館)
http://blog.goo.ne.jp/jchz/e/
1f5031c375b81908f5b279cd9d3bfb9a
岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/
ASIN/4808709759/imoffice-22/ref=nosim山中常盤(やまなかときわ)|牛若丸と常盤御前 母と子の物語
https://www.mmjp.or.jp/pole2/yamanakatokiwa.htm


MOA美術館|伊勢物語図|山中常盤物語絵巻|堀江物語絵巻|浄瑠璃物語絵巻
http://www.moaart.or.jp/collections/page/8/
http://www.moaart.or.jp/collections/page/9/
MOA美術館 | MOA MUSEUM OF ART
http://www.moaart.or.jp
東京国立博物館 |名品ギャラリー| 洛中洛外図屏風(舟木本)らくちゅうらくがいずびょうぶ/ふなきぼん|拡大表示
http://www.emuseum.jp/detail/100318/001/044?word=&d_lang=ja&s_lang=ja&class=&title=&c_e=®ion%3D®ion=&era=&cptype=&owner=&pos=289&num=4&mode=detail¢ury=
左隻(洛中洛外図屏風)左京/徳川氏の二条城
http://www.tnm.jp/uploads/r_collection/LL_C0021426.X1.jpg
右隻(洛。中洛外図屏風)右京/豊臣氏の方広寺大仏殿
http://www.tnm.jp/uploads/r_collection/LL_C0021423.X1.jpg
東京国立博物館|館蔵品詳細|洛中洛外図屏風(舟木本)
http://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=other&colid=A11168&t=

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サライ|謎の天才絵師・岩佐又兵衛の「旧金谷屏風」10図が福井で奇跡の再会 ...
http://serai.jp/hobby/76719
岩佐又兵衛~荒木村重の生き残った子供で浮世絵の先駆者 -戦国武将 ...
http://senjp.com/iwasa/
岩佐又兵衛 : 浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ
http://hammererix.exblog.jp/22879304/

岩佐又兵衛「山中常盤物語絵巻」KIRIN~美の巨人たち~
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/data/050115/
「山中常盤物語絵巻」MOA美術館 12巻(巾34.1×全長15,031.0)
http://www.moaart.or.jp/events/iwasa/
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/data/050115/
http://www.museum.or.jp/modules/topics/index.php?action=view&id=638&toNews
「浄瑠璃物語絵巻」MOA美術館 12巻(巾33.9 × 全長12,943.0cm)
http://www.kunaicho.go.jp/culture/sannomaru/zuroku-08.html
http://www.moaart.or.jp/collections/044/
「小栗判官絵巻」 宮内庁三の丸尚蔵館 紙本著色 15巻 総長約324メートル
https://ja.wikipedia.org/wiki/小栗判官
http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2015/08/post-145f.html
「堀江物語絵巻」MOA美術館12巻(巾35.2 × 全長14,809.0cm)、香雪美術館3巻、京都国立博物館1巻、長国寺1巻、個人像1巻
http://www.moaart.or.jp/collections/045/

謎が謎を呼ぶ―血と闇と笑いの開祖:岩佐又兵衛
http://ameblo.jp/super-fly1/entry-11054697404.html
岩佐又兵衛 - 千葉市美術館
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2004/1009/04_1009.html

伊勢物語『あづさ弓(梓弓)』わかりやすい現代語訳と文法解説
http://manapedia.jp/text/1944
インターネットミュージアム|所蔵企画展 又兵衛 山中常盤物語絵巻
http://www.museum.or.jp/modules/topics/?action=viewphoto&id=638&c=1
You Tube|重要文化財 岩佐又兵衛《山中常盤物語絵巻》 MOA美術館
https://www.youtube.com/watch?v=U2v4T55HTS8
https://www.youtube.com/watch?v=5lANmaYu5p4
http://www.kosetsu-museum.or.jp/collection/kaiga/kaiga03/
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-2491.html
http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2012/03/post-0da8.html
http://www.museum.or.jp/modules/topics/index.php?action=view&id=638&toNews

福井県立美術館 岩佐又兵衛展 特設サイト
http://info.pref.fukui.lg.jp/bunka/bijutukan/tokusetsu/h28_matabe/gallery.html
http://plaza.rakuten.co.jp/meganebiz/diary/201408180002/
岩佐又兵衛展
http://info.pref.fukui.lg.jp/bunka/bijutukan/tokusetsu/h28_matabe/gallery.html
http://salonofvertigo.blogspot.jp/2016/08/blog-post.html
【福井移住400年記念 岩佐又兵衛展】
http://info.pref.fukui.lg.jp/bunka/bijutukan/tokusetsu/h28_matabe/index.html
http://salonofvertigo.blogspot.jp/2016/02/blog-post_14.html
http://salonofvertigo.blogspot.jp/2012/04/blog-post_21.html
特別展「伊勢物語-雅と恋のかたち-」| 和泉市久保惣記念美術館
http://www.ikm-art.jp/tenrankai/2007/cat0710.html
岩佐又兵衛 2013.11 @東京国立博物館 : Art & Bell by Tora
http://cardiac.exblog.jp/21396986/
辻惟雄著『岩佐又兵衛』 | mixiユーザー(id:3341406)の日記
http://open.mixi.jp/user/3341406/diary/1869560176
http://hammererix.exblog.jp/22879304/

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伊丹市立伊丹郷町館・みやのまえ文化の郷
http://www.city.itami.lg.jp/seishu_itami/jp/hassyo/scenery_spot_of_sake_breweries/miyanomae/1441415846925.html
http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/minoh/itami.htm
http://blog.livedoor.jp/sengokuaruko/archives/38754115.html
中世から戦国期に城下町として形成され、近世以降江戸積み酒造業を中心に隆盛を誇った伊丹郷町の町割り・・・
http://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/TOSHIKATSURYOKU/TOSHIKEIKAKU/toshikeikan/toshikeikan/kuikitokijun/keikannkeiseikijun/1461136368416.html
R伊丹駅から西に伸びる酒蔵通りは、伊丹郷町を東西に結ぶ歩行者空間・・・
http://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/TOSHIKATSURYOKU/TOSHIKEIKAKU/toshikeikan/toshikeikan/kuikitokijun/keikannkeiseikijun/1461136424231.html
http://wagamachi-itami.jp/gocyo/
http://hccweb1.bai.ne.jp/itamihall/zaidan/gotyou.html
旧岡田家住宅(きゅうおかだけじゅうたく)は、兵庫県伊丹市にある歴史的建造物。
https://ja.wikipedia.org/wiki/旧岡田家住宅
旧石橋家住宅(きゅういしばしけじゅうたく)は兵庫県伊丹市にある歴史的建造物。
https://ja.wikipedia.org/wiki/旧石橋家住宅
柿衞文庫(かきもりぶんこ)は、兵庫県伊丹市にある俳諧コレクションを所蔵・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/柿衞文庫
柿衞文庫について
http://www.kakimori.jp
旧岡田家住宅・酒蔵
http://www.city.itami.lg.jp/ITAMI_BENRI/SISETU_KIKAN/REKISI/1392260108399.html
白雪ブルワリービレッジ長寿蔵/伊丹市ホームページ
http://www.city.itami.lg.jp/seishu_itami/jp/experience/chojugura/

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by hi-guchi | 2017-02-05 13:15 | Trackback | Comments(2)